カナダでATになろう

このブログはカナダでCertified Athletic Therapist として働く者による留学情報を綴ったものです。

カナダの影の部分

どうも前田です。

今回はカナダについて。おそらくアメリカに留学している人はほとんど言及しないことですが、カナダでは重要なことです。それは今なお続く「先住民問題」です。

ウィニペグ大学では全生徒に対して先住民に関する授業の履修は義務となっているほどです。

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なぜ、カナダではそれが重要なのか?

カナダは多人種国家であり多様性(Diversity)を重視することに誇りを思っています。それがカナダという国のエネルギーだと。カナダという国のキーワードは「Diversity」です。

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そして今現在のカナダの与党はあのイケメン首相が率いるリベラル系ということで人権保護、平等への取り組みが凄まじく進んでいます。例えば、首相自らLGBTパレードに参加したり、フェミニズムへの賛同などがある種のトルドー首相のイメージとなっています。

いつかまたこの「男女平等」や人権問題に関して投稿しようと思います。世界におけるリベラルと日本の政党での「リベラル」が違うのはカナダに来てよくわかりました。

こんなに人権先進国のイメージがあるカナダでも、依然として進んでいないことがあります。それが Indigenous People の権利なんです。この先住民問題、今もカナダ各地で政府と先住民の代表組織とで法的闘争が行われています。

カナダにとって先住民との関係はカナダ建国から切っても切り離せないものです。カナダは武力で植民地化した長い過去を持ち、つい十年ほど前には首相が異例の過去の政策に関して謝罪声明を発表したりと、Diversity を掲げる国にとって先住民問題は難しいものなのです。未だ模索中の難題、それが先住民問題なんです。

歴史

17世紀には英国から人を送り込んで、先住民と毛皮等のトレードを開始しています。その名残がカナダの老舗百貨店 Hudson's Bay Company なんですけども。

そこからどんどん入植者は増え、武力を背景に強引に先住民を追い出したりしてその領地を拡大、結果カナダ建国(1867)。ただ、カナダという国を巡ってはフランスとイギリスの勢力争いの歴史でもあって色々めんどいです。

んで、先住民達はというと戦います。先祖代々の土地や神聖なる土地の返還+交易の改定を連邦政府に求めます。

そして1871年、カナダ政府 (英国の支配下) はカナダで初めて「Treaty 1」を先住民の一部と結びます。Treaty というのは土地とその地における資源に関する協定で、このTreaty 1にあたる土地は今自分の住んでいるマニトバ州にあります。

自分は春タームの授業でここらへんを詳しく勉強しましたので、ここで書けてなんか嬉しいです(笑)。

ここから急速に運動は加速し、わずか6年でTreaty 7まで締結し、 その後カナダのおおよそがTreaty の対象内となりました。

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その中で1876年、初めて先住民を法的に認める Indian Act が施行され、彼らの権利が不完全ですが保証されることとなりました。

20世紀に入り、多くの問題がある Indian Act は改正され(1951) 、先住民による「弁護士を雇っての法的交渉」が可能となりました。

そこからこの先住民ムーブメントは加速し、1982年のトルドー首相 (今のイケメン首相のお父さん) による憲法樹立の際、よりアップデートされた先住民の権利が明記されました。これにより、先住民の権利における男女平等や各先住民グループによる"Self-Government"の設立が法的に保証されました。

その後も先住民は権利の拡張を求め法廷で数多く政府と闘って今に至っています。政府と揉めるのは大抵土地の開発計画ですね。あとTreaty 内で石油が取れると判明するとまあ揉めます。なので本当に今も現在進行中です。

先住民たちの今

今の先住民達は国に先住民であると認められると、多くの社会的サポートを受けます。住居、生活費、教育費、医療費など多くの面で優遇制度があります。カナダ全体で彼らの社会参加を促している最中といえます。

まず、先住民の人々の課題は、「貧困」です。長きにわたる政策で彼らは自身のアイデンティティーとコミュニティーを失い、社会参加が困難となりました。結果、ダウンタウンに住む者はホームレスとなり、先住民指定の居住区に住む者は貧困&自殺者の増加というカナダにおける社会問題に発展しています。

治安と犯罪

この社会問題はカナダ人に強く影響します。理由は犯罪率です。ここウィニペグにおいては何度もカナダで一番犯罪が多い街に選ばれていますが、その犯罪の割合を調べると半数以上が先住民によるものだそうです。特にウィニペグの中のとある地域がその犯罪率を引き上げていますが、そこは先住民のコミュニティーで普段はあまり近づきません。

印象ではなく統計で先住民の犯罪が多いと出てる以上、ウィニペグのカナダ人は先住民に対して結構辛口です。あいつらは政府から金もらってドラッグ、アル中、暴力三昧なんだぞ!みたいな。

ダウンタウンを歩けば、物乞いがいます。小銭くれと話しかけてきますが、暴力は振るいません。そういう人達の割合も40%くらいは先住民系かなとは思います。

ダウンタウンのメインストリートから少し裏に外れた酒屋周辺は、はっきり言うなら見た感じほぼ先住民系です。荒れた雰囲気はすぐにわかります。自分も夜は絶対通りません。本当は昼も危ない。

自分の感想は、ダウンタウン普通に物騒です。ダウンタウンのど真ん中にある大学の中も、周辺も傷害事件多発です。

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Residential School

じゃあなぜこんな現状になったかというとResidential School (寄宿学校)の影響があります。1871年のIndian Act 以前からカナダ政府は先住民の「カナダ人化」を目指して、強制的に子どもたちをキリスト教系の寄宿学校に送り込みます。

そこでは先住民の言語、文化、風習厳禁とされ、英語とキリスト教をベースにした教育を行いました。

この制度は100年以上続きまして、これにより先住民文化の絶滅危機&先住民コミュニティーの破壊が発生し、寄宿学校卒業後にアイデンティティーを失った身寄りのない者が続出し、結果現状の治安悪化に至ります。

これが結局社会問題になり、1990年代までにResidential School は完全廃止となりました。

カナダ政府の謝罪

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加えて、この Residential Schoolの中での性暴力、傷害、殺害の報告が後を絶たず、結果2008年に当時の首相が 「Residential School 政策は完全に間違いであった」と公式に謝罪しました。政策の失敗を謝罪というのは珍しいですね。

今後の課題

今の社会としての目標は、「今の若い世代によるこれまで続いた貧困スパイラルからの脱却」でして、その中で教育を重視していると思われます。先住民系の生徒は一定の条件で大学授業料免除、その他奨学金候補多数となっており、大学への入口は整っています。なので、今少しずつ改善していっていると思います。

カナダ政府のスタンス

春のタームでざっとカナダの先住民問題を勉強しましたが、なんというかカナダ政府のスタンスはずっと疑問なんですよね〜。

Residential Schoolに関しては「〜してやった感」満載ですし。

その後の謝罪声明も治安が悪化して自分たちの生活に支障が出たから廃止して最後謝ったという見方も出来るんですよね。じゃないと100年以上もするかよと。

あと、これはバンクーバー出身のご高齢のクラスメートが言っていたのですが彼が学生の頃にこのResidential School の存在は授業で習っておらず、ほとんどのカナダ人は知らなかったそうです。つまり、政府は一般の人にわからないように行っていた可能性があるということです。

今もカナダが先住民問題で揺れてるのは結局過去数百年やったことの報いですしね。

実は全く笑えない日本

日本にも先住民族はいます。北海道のアイヌ民族です。教科書だと2ページぐらいの記述で終わるシャクシャインの戦いで有名なあのアイヌ民族です。

日本はカナダよりも先住民への扱いが酷いです。そのことを自分は期末エッセイにしました。でもそれがこっちほど社会問題になることがないというのはやはり多様性の違いなんですかね。

まとめ

カナダに来たら一度は耳にするトピックなので、ちょっとばかり興味もってくれたら嬉しいです。一概に「先住民は危ないかも」と思わず、歴史的被害者の一面もあると考えるといいかもしれません。

ただ、先住民の中にも今頑張っている人と現実から逃げた人がいるのも事実なのでそこも考えなくてはいけないですね。

最後自分でも何言ってるかわかりませんが、カナダの不都合な事実でした。

ではでは。